LAが車社会になった背景と抱えている社会問題

こんにちは。

アメリカ・カナダで建設エンジニアをしている光太郎です。

今回は、日本でも知名度があるロサンゼルスという都市の社会問題を取り上げてみようと思います。数ある中で取り上げるのは、「過度な車社会」という問題です。アメリカといえど広く、都市によって抱えている課題が異なります。ロサンゼルスは、行ったことがある人はわかると思いますが、車なしでは生きられないほどに、車社会となっています。

車社会であるだけならまだしも、そのような社会構造がさらなる問題を生み出しており、そのあたりもこの記事でカバーしていければと思います。

車社会:ロサンゼルス 概要

まずはロサンゼルスがいかに車社会であるかの裏付けデータから見ていきましょう。

Newgeographyから転用 元データは米国センサス)

こちらは2022年のデータですが、通勤の際に何を使用しているかを示しています。コロナ禍直後のデータにも関わらず、以前車が最も使われていて、全体の約7割を自家用車が占めていることがわかると思います。ちなみに東京のデータがこちら。

xymaxから転用 2019年)

東京は電車が圧倒的で、約80%を占めるのに対し、自家用車は7%という結果に。

ロサンゼルスが車社会となったワケ

ここからはなぜ、ロサンゼルスがここまで車中心の社会となったのかを見ていきましょう。

モータリゼーションと公共交通の解体

かつてLAには「Pacific Railway」という世界最大級の路面電車網がありましたが、自動車の普及と共に衰退。1940〜50年代にかけて、自動車・石油業界による買収や、モータリゼーションを優先する政策によって、既存の鉄道網が徹底的に撤去されました。これにより、現在の車社会のベースとなる車優先の都市構造が生まれることとなりました。

スプロール現象

皮肉なことに、広大な土地があったため、都市が水平方向に拡大しました。このように都市が低密度で横方向に広がっていくことを「スプロール現象」と都市計画の世界では言います。人口密度が低く、各ポイントへの距離が遠いため、公共交通機関を維持するコストが合わず、結果として車が「唯一の現実的な選択肢」となりました。

郊外化の加速とコミュニティの分離

1940年代から60年代にかけて、人種統合が進む中心部を避け、中産階級の白人層が大量に郊外へ移住しました(これをホワイトフライトといいます)。これが単なる「人口増加」ではなく、「中心部から離れる」という強いインセンティブとなり、低密度なスプロール現象をさらに押し進めることとなりました。

当時はダウンタウンは治安が悪く、中産階級の白人はそのあたりに住むことを嫌い、郊外へ流出。そして開発業者もそれに便乗してプロモーションを行い、さらに加速が進んだという背景があります。

車が車を呼ぶ

ここまで見てきたように、ロサンゼルスでは過去に、公共交通機関でなく自家用車での生活の推進、そしてそれに伴うスプロール現象が主な原因で車社会を構築してきたことがわかったと思います。ただし、それ以上に怖いのが、車そのものが車依存型の生活を促進させるという点です。ここか一番重要ですので、少し長めに説明をします。

まず、こちらに関してですが、車を移動するために必要なものは「道路」です。車が増えれば渋滞が発生し、その解決策としてさらに道路を拡張したり、新しいフリーウェイを建設したりします。しかし、ここに「誘発需要(Induced Demand)」という罠が潜んでいます。道路のキャパシティを増やすと、一時的には流れが良くなりますが、それが「車の方が便利だ!」という強力なメッセージとなり、これまで公共交通を使っていた層まで車に引き寄せてしまいます。結果、数年も経たぬうちに、より広い道路が以前と同じ、あるいはそれ以上の渋滞に飲み込まれることになります。

さらに、車社会を維持するためには、目的地に膨大な「駐車場」を確保しなければなりません。過去に、LAの都市計画では開発業者は建物面積に応じた駐車場面積の確保が義務付けられていました。これにより、建物と建物の間隔は駐車場スペースによって広げられ、街の密度はスカスカになります。隣のビルに行くのにも数分歩かなければならないような「歩行者に優しくない街」が出来上がり、人々は数百メートルの移動ですらハンドルを握るようになりました。

これにより「車が増える → 道路と駐車場を増やす → 街が広がり歩行が困難になる → さらに車が必要になる」という、抜け出すことのできない負のポジティブフィードバックが完成してしまったのです。

車社会から派生して生まれた社会問題

ロサンゼルスにおける「過度な車依存」は、単なる移動の不便さだけではなく、人々の生活の根幹を揺るがす深刻な副作用をもたらしています。それは、一見すると車とは無関係に思える領域にまで波及しています。

公衆衛生:見えないコストとしての「大気汚染」

車移動を前提とした都市構造において、最も深刻な犠牲となっているのが「人々の健康」です。家賃の安いフリーウェイ(高速道路)周辺には、必然的に低所得層が集まりますが、そこは24時間、排気ガスやタイヤの摩耗粉塵(マイクロプラスチック)が滞留し続ける場所です。これは単なる不快感ではなく、喘息や心疾患といった具体的な健康被害を招いています。車社会が生む「移動の代償」を、最も弱い立場の人々が「健康」という形で支払わされているのが今のロサンゼルスの現実です。

フリーウェイのルート選定から見える格差・差別文化

かなりマニアックな見方になるのですが、ルート選定そのものから、都市内部の地域のパワーバランスが見えることがあります。もし、皆さんが自治体のルート選定代表者なら、どのようにルートを整備するでしょうか。

まず第一に、そのルートが現状の交通問題を回復し、より良い都市構造になることを望んで選定をするのではないでしょうか。ここまではどんな人でも同じだと思います。しかし、都市というのは生き物で、そのルート上に住んでいる人がその建設を必ず許してくれるとは限りません。ここが、ロサンゼルスのフリーウェイルートから垣間見える差別意識です。

代表的なのが、ビバリーヒルズにはフリーウェイが通っていないという点です。

かつての計画ではビバリーヒルズの心臓部(現在のサンタモニカ・ブルバード沿いなど)を東西に貫通する「Beverly Hills Freeway」の建設が予定されていました。しかし、1960年代から70年代にかけて全米で巻き起こったフリーウェイ建設反対運動において、富裕層が住むビバリーヒルズは他の地域とは全く異なる対応を見せました。

お金持ちの住人たちは、高額な代金を支払って弁護士を雇い、行政に対して事業を白紙にするよう持ちかけました。結果として、ビバリーヒルズにはフリーウェイは建設されず、現在の形を保っています。

一方で、マイノリティが多く住むエリアでは、同様に反対意見が出ていたものの、資金の面でビバリーヒルズと同規模の反対運動までは発展せず、結果としてフリーウェイの建設が始まりました。

このように、一般的にはフリーウェイのあるエリアは価値の低い土地、という見方がされ、そのエリアに住む人たちの機会損失につながっています。

格差の拡大:終わらない「移動の搾取」

ロサンゼルスの車社会は、経済的な格差をさらに固定化させる装置としても機能しています。ここには残酷な逆転現象が存在します。

富裕層は職住近接のエリアや、歩いて生活が完結する利便性の高い地域に住むことで、車への依存を最小限に抑えることができます。

一方、低所得層は安い家賃を求めて遠い郊外へ移住せざるを得ませんが、その代償として、走行距離に比例したガソリン代、保険料、メンテナンス費用が家計を圧迫します。 「安く住むために遠くへ行くほど、移動コストで貧乏になる」という構造的な罠が、貧困からの脱却を困難にさせています。

車社会解決に向けた動き

もちろんロサンゼルスの行政も、この問題に取り組んでいます。

公共交通機関の整備・新設

ロサンゼルス行政はこの車依存型社会からの脱却を目指し、「28 by ’28」というスローガンを掲げて取り組んでいます。

「28 by ’28」とは、2028年にロサンゼルスで開催されるオリンピック・パラリンピックまでに、28の主要交通インフラプロジェクトを完成させるという計画です。ざっくりいうと、車依存型の社会からの脱却を目指して、交通インフラを大きく変えようと計画をしています。

表向きの目的は、世界中から訪れる観光客や選手を車の渋滞問題に苦しむことなく、競技会場へスムーズに輸送することです。しかし、行政はオリンピックだけでなく、その後も持続可能な交通機関としての維持を目指しています。それまでも、車依存型社会が問題となってはいたものの、なかなか動き出せなかったプロジェクトが、オリンピックの開催が原動力となり、一気にプロジェクトをすすめることとなりました。

地下鉄・ライトレールの新設および延伸、BRT(バス専用レーンの交通機関)の導入がこの計画の目玉となっています。ちなみに、鉄道網の拡充に関しては、次のように計画されています。

LA Metroから転用)

まずこちらが、現在のロサンゼルスの鉄道網の模式図です。一見すると路線がそれなりに存在しているように見えるかもしれませんが、都市全体の規模に対して見ると、その密度がかなり低いのが実情です。

ロサンゼルス都市圏は東西南北に大きく広がっているにもかかわらず、鉄道網は点在するように敷設されており、路線同士の接続性もかなり悪いです。どこに行くにもまずユニオン駅を経由するようなルートとなり、乗換に時間がかかることで、その利便性が決していいものとは言えません。

では続いて28 by ’28で実現されるであろう鉄道網計画図を見てみましょう。

Redditから転用)

赤点線は新設・延伸線を示し、青点線は新設のBRTを示しています。見てわかるように、とんでもない規模のプロジェクトが計画されています!オリンピックってすごいですね。

本当はこの計画図を用いて、都市計画的な視点からお話をしたいですが、長くなってしまうので別記事でまとめられればと思います。

車に頼らない移動

公共交通機関を整備することで車依存を減らそうとする取り組みは重要ですが、それだけでは人々の移動は完結しません。駅やバス停から目的地までの最後の区間、いわゆる「ラストマイル」が解決されなければ、結局人は車を選び続けます。

これまでのロサンゼルスでは、歩行や自転車での移動が前提とされていない都市構造が当たり前でした。歩道が不十分であったり、交差点が車優先で設計されていたりと、公共交通を使っても、最後は結局不便、という状況が、車依存を固定化させてきたのです。

そこで現在のロサンゼルスでは、公共交通の拡充に加え、駅周辺を中心に歩行者や自転車、スクーターといった短距離移動を支える空間づくりが進められています。車線の一部を歩行者空間へ転用するなど、これまで車が占有してきた道路空間を人へ戻そうとする動きです。

オリンピックを転換期ととらえ、どこまで車から脱却できるのか、これからも注視していきましょう。

まとめ

今回は、ロサンゼルスがなぜ極端な車依存型社会になったのか、その背景と構造、そして現在進められている解決に向けた取り組みを俯瞰的に紹介しました。

この問題は単に車が多い・渋滞がひどいといった話ではなく、健康格差や経済格差、地域分断といった社会問題が不随していることが判ったと思います。ハード面の交通インフラ整備だけでなく、治安や文化、生活様式といったソフト面の変化も同時に求められており、そこにロサンゼルスの難しさと面白さがあると感じました。

ロサンゼルスは非常に魅力的な都市である一方、都市計画の視点で見ると「もっと早く手を打てたはずだった」と感じさせられる点が多くあります。長年にわたり積み重なった選択の結果が、現在の車社会を形作っているのだろうと思います。

車は本来、便利で快適な移動手段です。しかし、個々人の利便性を最大化し続けた結果、都市全体の効率や公平性が損なわれ、巡り巡って個人の幸福度を下げてしまう。このジレンマは、都市計画において繰り返し現れるテーマであり、ロサンゼルスはその象徴的な事例です。

「28 by ’28」をはじめとしたロサンゼルスの挑戦が、どこまで車依存から脱却できるのか。個別のプロジェクトについては、別の記事でさらに詳しく掘り下げていきたいと思います。

それでは、良い一日を~。

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